早稲田大学 教授/AIロボット協会 理事長 尾形哲也氏
少子高齢化や労働人口の減少が進む日本において、AIやロボットといった次世代技術は、避けて通れないテーマとなっています。特に、働き方の多様化が進み、自らスキルアップを考えるフリーランスやクラウドワーカーにとって、「AIに仕事を奪われるのではないか」「どう活用すれば良いか分からない」といった漠然とした不安も少なくありません。
こうした時代の変化の中で、求められているのが「学び直し(リスキリング)」です。
単なるスキルの習得にとどまらず、「AIをどう使いこなすか」「人とテクノロジーがどう共存していくか」という新しい視点が必要とされています。
今回は、ロボティクスやAIの専門家であり、早稲田大学教授として教育と研究の両面から次世代技術に携わる尾形哲也氏にお話を伺いました。
30年以上にわたり研究に携わってきた尾形氏のお話を通して、次世代技術との具体的な向き合い方、人型ロボットが拓く未来社会の展望、そしてクラウドワーカーに向けた「AIと人が共に進化する時代の学び方」を紐解いていきます。
AIとロボットの研究に込めた思い
━━ 専門分野を教えてください。
私の専門は、ロボット工学と人工知能(機械学習・神経回路)です。
大学の卒業論文の頃から数えて、すでに30年以上にわたり同じ領域を探究してきました。博士号取得後は理化学研究所や京都大学などに在籍し、環境を変えながらも研究の基本方針は変わっていません。
現在は、早稲田大学の「表現工学科」で教育と研究の両面に携わっています。
━━ 「表現工学科」とは、どのようなことを学ぶのでしょうか?
「表現工学科」は、2007年設立の比較的新しい学科です。
厳密な必修科目に縛られず、幅広い体験を通して自分の関心を深めるカリキュラム設計となっています。
この学科には、映画をはじめ、CG・VR・音楽・メディア系など多彩な分野に関心を持つ学生が集まります。その中で私は「人とロボットのコミュニケーション」を軸に、AIやロボットの基礎から応用までを幅広く扱っています。
大学院ではさらに自由度が高く、自分の研究テーマをもとに演習や実制作に取り組む授業を行っています。かつては定型課題を出すことが多かったのですが、10年ほど前から、学生が自ら「何を作りたいか」を企画する形式も一部導入しました。技術の網羅性は下がるものの、調べながら形にする経験こそが本当の学びになると感じているからです。
初期段階では分野を横断して多様な刺激を受け、そこから自らの研究領域を絞り込んでいく――そうした「探索的な学び」を何より大切にしています。
━━ ロボットやAIに興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは、子どもの頃に遡ります。祖父が早稲田の機械工学科の出身で、周囲からも尊敬されていたようです。その影響もあって、漠然と機械に興味を持ちました。
アニメを見ていても、主人公よりも「新しい技術で問題を解決してしまう博士」の方に魅力を感じるような子どもだったため、その頃から技術者側に興味があったのでしょう。
中学生になると、初期のパソコンに夢中になり、自作したゲームを友人のリクエストに合わせて改良する日々を送っていました。今振り返ると、これが研究の原点だったと思います。
高校時代、進路に迷っていた頃に、たまたま読んだ記事で「世界初の人型ロボット」を作った早稲田大学の加藤一郎先生を知り、「この先生のもとで学びたい」と進学先を決めました。
━━ 「フィジカルAI分野」との出会いを教えてください。
加藤先生のもとで学ぶ中、日本のニューラルネットワーク研究の第一人者・甘利俊一先生の著書に出会い、「ロボットを動かしたい」と強く思うようになりました。
今で言う「フィジカルAI」つまり身体を持った人工知能を志したのは、1990年代初頭のことです。
加藤先生からは「それならロボットの心をやりなさい」と言われ、「人間の心を理解するには、作って確かめるのが一番だ」という教えを受けました。
以来、人間の脳や認知科学、神経科学、心理学などを取り込みながら、神経回路と身体、環境との相互作用によって学習し発達するロボット――いわば“成長する人工知能”の研究を続けています。
加藤先生は哲学的な探究心が非常に強い方で、人間のようなロボットを作ることで、人間そのものを理解しようとしたのです。その姿勢は、私の研究にも深く根付いています。
AIロボット協会の設立背景と日本が目指す「フィジカルAI」の基盤
━━ AIロボット協会を立ち上げた背景を教えてください。
私はもともと、ロボットや人工知能の研究を「基礎科学」として捉えていました。
自分が生きているうちに実用化されるとは思っておらず、あくまで知的探究として続けてきたのです。
ところが、約10年前にディープラーニングが登場したことで状況は一変しました。
AIが急速に進化し、私たちが長年取り組んできた神経回路のモデルが、現実社会で機能しはじめたのです。
当初は自分の研究を広げる延長線上で活動していたのですが、2015年に産業技術総合研究所(AIST)に人工知能研究センターが立ち上がり、幸いにも初期メンバーとしてお声がけいただきました。
そこで東京大学の松尾豊先生と隣席し、そのご縁でさまざまなAIセッションに呼んでいただくようになりました。
松尾先生は「これからのAIには身体が必要になる」と考え、認知ロボティクスの研究者を集めた企画をされたのです。私自身も以前から「身体がなければ知能は生まれない」と考えていたため、それ以降、長いお付き合いをしています。
2017年には松尾先生がディープラーニング協会を設立し、私も理事として参加しました。
その後いったん理事を退きましたが、昨年、松尾先生から「AIロボット協会を立ち上げよう」という提案をいただき、再び一緒に活動することになりました。
━━ AIロボット協会を設立した目的も教えていただけますか?
ロボットをAIで動かすには、膨大なデータが必要です。しかし、大学や研究所単位では到底まかないきれません。
そこで、産学連携による大規模なデータ共有と基盤づくりが不可欠だと考え、企業や研究機関に呼びかけて協会を設立しました。現在では30社以上が参加し、データ収集から通信、セキュリティ、アプリケーション開発まで幅広いテーマで連携を模索しています。
アメリカのビッグテックや中国の国家主導のやり方と戦う必要はありませんが、日本が単なる“ユーザー”の立場に留まるのは好ましくありません。
日本にはロボット技術の蓄積があります。その強みを生かし、「フィジカルAI(身体を持つAI)」の分野で自立的な基盤を築くことを目指しています。
大学の枠を超え、社会全体でAIとロボットの融合を推進していく――それが協会設立の最大の目的です。
━━ 協会が担う「基盤モデル」の構築とは、企業との連携でどのようなメリットを生むのでしょうか?
AIロボット協会の中心的な活動は、実機ロボットを用いた「データ収集」と「基盤モデル」の構築です。
具体的には、「ロボカップ」と呼ばれる国際競技会で利用されているトヨタの家庭支援ロボットHSRを用い行動データを解析し、そこから共通の基盤モデルを生成します。
このモデルを協会の会員企業に共有し、各社の目的に合わせてファインチューニング(追加学習)してもらいます。
要は、企業が現場で得た成功や失敗の知見を再び協会にフィードバックすることで、モデルがより洗練されていく。こうした「循環型の開発体制」が最大の特徴です。
AIが機能するためにはソフトウェアだけでなく、適した「身体」を設計することも重要です。AIに最適化されたハードウェア設計(どの部分を強化し、どこを簡略化するか)は、今後の競争力を左右します。
中国ではこの連携がすでにうまく機能していますが、日本も「AIにふさわしい身体」をどうつくるかという発想を強化していくべきだと感じています。
協会としては、こうした産学の知見を結集し、研究と実装を往還させながら、「フィジカルAI」の時代を支える共通基盤を整えることを目標としています。
AIロボットが切り拓く社会と労働の未来
━━ 人型ロボットは、労働人口の減少に対してどのような役割を果たすと考えられますか?
AIロボットは、産業用ロボットとは異なり、「人間を超える性能」を目指すものではありません。
むしろ、人間には簡単でも従来のロボットには難しかった作業――たとえば服を畳む、洗濯物を取り出す、拭き掃除をする、スクランブルエッグを作るといった、日常的で多様なタスクを得意とするのが特徴です。
1台のロボットが、タスクを切り替えながら家事のような作業を柔軟にこなす。こうした「汎用的な作業能力」を備える点が、AIロボットの本質的な強みだと考えています。
すでに海外では、テスラの「Optimus」や1X Technologiesの「Neo」などが注目されています。
━━ 「人型」である意味はありますか?
人型が最適だと断言はできませんが、「人が教える」という観点からは、人と似た身体のほうが教えやすいのは事実です。
生成AIが人間の文章や画像を模倣して学習するように、ロボットもモーションキャプチャや直接操縦によって人の動きをコピーする「イミテーションラーニング」が基本となります。
人が「こうやるんだよ」と教えて、その通りに動作させる方が習得が早いことは間違いないでしょう。
もっとも、私個人としては「人型」にこだわりすぎる必要はないと思っています。
たとえば足がなくても、車椅子の方が十分に活躍できる仕事環境があるように、ロボットも環境に合わせた形で構わない。ただ、指が5本あることで、お箸を使ったり手術のような繊細な動作が可能になる。
――そうした点から、当面は人間に近い身体構造を持たせる設計が合理的だと考えています。
━━ 現時点では、人型ロボットにどのような作業を任せられるのでしょうか?
現時点でロボットができることは、まだ「子どものお手伝いレベル」です。
小学校低学年の子がお手伝いをしているシーンをイメージするとわかりやすいと思います。
たとえば、ひたすらゴミを拾って回る、トイレの汚れを重点的に落とす、簡単な拭き掃除をする――といった補助的な作業です。
プロのハウスクリーニングのような精密な仕事は難しいですが、日常の軽作業を担うことで、人間の負担を減らす役割は十分に果たせます。
━━ 人型ロボットは、具体的にどのような分野から導入されていくのでしょうか?
最初に導入が進むべきなのは、「きつい」「汚い」「危険」と呼ばれる3K労働の現場でしょう。
長時間の単純作業や夜間作業など、必ずしも高いスキルを要しない領域から置き換えがはじまると考えています。移動機能を備えたロボットであれば、清掃や巡回、監視、配膳などへの応用も可能です。
こうした「人でなくてもできる作業」は、社会全体を支える“影の担い手”として、ロボットが引き受けるべき領域だと考えています。

AI時代におけるクラウドワーカーのリスキリング
━━ クラウドワーカーは、AIやロボットとどう向き合うべきでしょうか?
AIやロボットとの関係を考えるとき、私は2つの視点から捉えるべきだと考えています。
前述したように、ロボットについては「人がやらなくてもよい作業を任せる」という方向に進むのが自然な流れでしょう。
3K(きつい・汚い・危険)の現場や夜間作業など、人の負担を減らす領域では、ロボットが社会の裏方として役割を果たしていくはずです。
一方で、AIの発展はすでに知的労働の領域にも及んでいます。初級のプログラミングや定型的な文章作成などはAIによって大幅に自動化が進み、海外ではコンピューターサイエンス専攻の学生が就職難に陥るケースも見られます。
つまり、かつて「頭を使う仕事」とされていた領域も、AIによって再定義されつつあるのです。
だからこそ重要なのは、AIを「競合」としてではなく、「拡張ツール」として捉えること。リスキリングの本質は、AIと対立することではなく、AIを使いこなす側に回ることにあります。
単にスキルを学ぶだけではなく、「自分の仕事にどうAIを組み込むか」という視点を持つことが、これからのクラウドワーカーには求められていくでしょう。
━━ リスキリングの第一歩として、どのようにAIを活用していくのが良いでしょうか?
リスキリングの観点からAIを活用するうえで大切なのは、まず「使ってみること」です。
AIをいきなり仕事に直結させようとするとハードルが高いため、最初はもっと軽やかで構いません。
たとえば、若い世代がChatGPTを「チャッピーさん」と呼び、気軽に会話しているように、まずは日常の中で試し、楽しみながら慣れていくことが第一歩です。
AIの利用率が先進国の中でも特に低い日本では、政府や企業も導入支援を加速させています。NVIDIA、Google、Microsoftといった大手企業が日本市場への展開を強化しており、規制環境も比較的整備が進みました。
その上で、SNSと同じように、まずは遊ぶことです。
X(旧Twitter)も、友人間の遊びからはじまって改良され、大きくなりました。授業でも「自分が作りたいもの」を企画して作ってもらうと、調べる動機が自然に湧いてきます。
本人が本気で楽しむことが何よりも重要です。
━━ 「AIに仕事を奪われるかもしれない」という不安に関してはどう思われますか?
AIを活用しても「人間らしさ」の価値が失われることはありません。
たとえば、多くの人が大谷翔平選手のホームランや藤井聡太さんの将棋に心を動かされるように、私たちは本質的に「物語」や「共感」に惹かれる生き物です。
AIが生み出す情報に頼るだけではなく、そこに人間の感性や経験をどう重ねるか――その部分こそ、AI時代における人の価値になると感じています。
リスキリングとは、単にスキルを積み上げる作業ではありません。
AIを遊びの延長として触れ、試し、そこから学ぶ。その柔軟な姿勢が、やがて「新しい仕事の形」を生み出す原動力になります。
学びの原動力は「オタク的な熱中力」と「変化し続ける柔軟性」
━━ 次世代技術の研究開発のご経験から、学び直し(リスキリング)についてのお考えをお聞かせください。
リスキリングで最も大切なのは、「好きなことに全力でのめり込む姿勢」だと感じています。
どんな分野であっても、義務として学ぶのではなく、心から面白いと思えるテーマに取り組むことが、学びを持続させる最大の原動力です。私自身も研究で興味を持ったことがあれば、すぐに調べ、学生と一緒に試します。
思いついたら行動する――このスピード感が、結果として知識や技術の習得につながっていくのです。学びが義務化した瞬間に、それは面白くなくなってしまいます。
リスキリングとは「自分の熱中をどう仕事に変えていくか」という挑戦でもあります。周囲から理解されなくても構いません。本人が本気で楽しんでいれば、それは立派な探究です。
いわば“オタク的な没頭力”こそが、学び続ける人の強さを支えています。
そして、この時代においては、どんな分野の“オタク”であってもAIと組み合わせることで新しい可能性を生み出せます。
鉄道でも音楽でもアニメでも、AIは創作や分析のパートナーになり得る。そう考えると、AIを使いながら自分の「好き」を深めていくことが、最も現実的で持続的なリスキリングの形なのかもしれません。
やはり、好きなことがそのまま仕事になることが理想です。
自分が本当に好きだと言えるテーマを見つけるのは難しいですが、その相棒として、AI(たとえばChatGPTのような存在)に相談してみるのもひとつの方法ではないでしょうか。

AIロボット研究の展望と人とAIの共生
━━ 今後の研究・活動の展望を教えてください。
今後、短期的には公共空間でのAIロボット活用が急速に広がっていくと見ています。
たとえば、病院での汚物回収、ホテルの夜間清掃、施設内での配膳ロボットなど、わずか2〜3台導入するだけでも現場の負担は大きく軽減されます。
日本は特に現場ニーズの分析や改善提案が得意な国です。そうした強みを活かし、応用研究を通じてAIロボットの実装範囲をさらに広げていきたいと考えています。
AIは単体でも大きな力を持ちますが、真に重要なのは「身体を持つ知能」として、現実世界とインタラクション(相互作用)し、人間とコミュニケーションを取ることにあります。
ここで言うロボットは、いわゆる「ペットロボット」とは異なり、単なる“かわいい存在”ではありません。
すでに私たちはChatGPTのようなAIと日常的に会話していますが、それが身体を持ち、実際に人と一緒に働き、生活を共にするようになると、関係の意味がまったく変わってくるのです。
このような変化の中で、人間とは何か、社会とは何かという問いが再び浮かび上がります。
すでに、ペットロボットの死を悼み、葬式を行う人がいたり、「AIキャラクターと結婚する」という話が出ているように、人間ではないものの権利や義務について議論する時代が来るでしょう。
もちろん、それが本当に許されるのかは、倫理や法律の領域に踏み込む難しい問題です。
しかし、人とAIの関係が変化する中で、そうした「共生社会」への議論が避けられなくなるのは確かです。AIとロボットが人間の隣に立ち、共に生きる社会――その輪郭が、すでに現実として見えはじめていると感じています。
━━ リスキリングに取り組むクラウドワーカーへメッセージをお願いします。
これからの時代、フリーランスやクラウドワーカーといった“個”の働き方は、ますます重要性を増していくと感じています。
スタートアップや個人で動く人たちは、組織に比べて圧倒的に変化への対応が早い。情報を素早く掴み、自ら行動に移せるという強みがあります。その機動力こそが、AI時代における最大の武器になるでしょう。
大企業では、新しいアイデアが組織の上下を行き来するうちに形を失うことがありますが、個人は違います。
思いついたことをすぐ試し、失敗しても修正しながら前に進める。変化を恐れず動けることが、これからの働き方において最も価値のある資質だと思います。
いま求められているのは、「常に変化し続ける人」です。
趣味や好奇心から始めたことでも構いません。それをどう形にして、どのように自分の仕事に結びつけていくかを考えることが大切です。AIは、そのための強力なパートナーになります。クラウドワーカーが持つ柔軟性という強みを、AIでさらに強化してみてください。
これからの時代は、「AIを使える個人」の方がむしろ望まれるようになる、そんな未来が必ず来るはずです。学び続け、変化を楽しみながら、AIと共に自分の価値を高めていく――そんな生き方こそが、理想像だと思います。
まとめ
尾形氏の言葉から見えてくるのは、AIやロボットの進化を「脅威」としてではなく、「パートナー」として捉える視点です。
AIの活用は、もはや一部の専門家だけの話ではなく、すべての働く人にとって避けて通れないテーマになりました。
リスキリングとは、単なるスキルの習得ではなく、自分の“好き”を軸に学びを深め、変化を楽しみながら成長していくこと。その中でAIは、発想を広げ、挑戦を後押しする強力な相棒となります。
変化の速い時代だからこそ、「柔軟に学び、熱中し続ける人」が求められています。
AIと人が共に進化し、共に働く社会――その未来を切り拓くのは、まさに“AIを使いこなす個人”なのです。
