Reskilling Camp Company代表/早稲田大学 ビジネス・ファイナンスセンター招聘研究員 柿内秀賢氏
AIの進化とデジタル化の波は、いま、私たちのはたらき方・学び方を根本から変えつつあります。
かつては専門職やエンジニアだけが扱っていたデジタルスキルが、いまやすべての職種に求められる時代になりました。営業、マーケティング、バックオフィス――職種を問わず「AIをどう活かすか」が、企業と個人の競争力を左右しています。
しかしその一方で、多くの人が立ち止まっている現実があります。「どこから始めればいいのか」「自分の仕事にどう結びつければいいのか」。リスキリングという社会的な波を感じながらも、実践への一歩を踏み出せない人が少なくありません。
そうした現場に寄り添い、学びを“現実の仕事に生かす力”へと変えていく――それが、パーソルイノベーション株式会社が展開する「Reskilling Camp」です。
AI時代を生き抜くためのスキルを、知識ではなく実践として身につける。しかも、学んで終わりではなく、実際の業務への定着まで伴走する。この独自のアプローチが、いま多くの企業から注目を集めています。
今回お話を伺ったのは、その中心で取り組みを牽引する代表の柿内氏。企業の変革と個人の成長、そして「学びの文化」をどう社会に根づかせていくのか。リスキリングの本質と未来の可能性について、語っていただきました。
リスキリングの本質とは?実践と伴走の仕組み
━━ 「Reskilling Camp」について教えてください。
Reskilling Camp(リスキリング キャンプ)は、パーソルイノベーション株式会社が提供する法人向けの教育支援サービスです。近年、企業の多くがDXやAIの導入を進めていますが、現場では「AIをどう使えば良いのか」「自分の仕事にどう活かせるのか」立ち止まってしまうケースは少なくありません。そしてここ最近は特にAIの活用が大きなテーマになっています。
私たちの対象はエンジニアではなく、営業やマーケティング、バックオフィスなどの “非エンジニア職” の方々です。どの業界でもAIを使いこなす力が求められる中で、「自分の仕事にどうAIを活かすのか」を実践的に学べることが大きな特徴です。
資格取得支援を行う場合もありますが、目的はあくまでビジネスへの実装です。単なる知識習得ではなく、「実際の業務にどう結びつけるか」を重視しています。そして、学びのプロセスを一過性で終わらせず、現場に定着させるために、伴走支援の仕組みを整えている点も強みです。
経営とリスキリングの関係性
━━ ご自身の研究活動について教えてください。
私は現在、早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授とともに、招聘研究員の立場で「企業経営と個人のリスキリングの接点」について研究を進めています。
企業はAI時代に対応して変化しなければなりませんが、その変化を支えるのは現場の個人です。つまり、組織変革と個人の成長は切り離せない関係にあります。
研究のキーワードの一つに「ダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)」があります。これは、変化の兆しを捉え、新しい能力や体制に入れ替えていく力を指します。企業がどのようにこの能力を醸成するのか、そして個人がそれをどう体得していくのか。この両面の視点から、リスキリングを経営戦略と結びつけて分析しています。
現場を取材すると、黒字企業であってもリストラを行うケースが見られます。つまり、変化への対応力がなければ、利益が出ていても未来は保証されないということです。研究では、そうした現実を経営理論と照らし合わせ、ゆくゆくは学会で研究結果を発表したいと思っています。
リスキリング成功の鍵は「やってみる」こと
━━ 著書『リスキリングが最強チームをつくる』では、成功のメソッドを示されています。特に重要なポイントはどこにありますか?
一番大事なのは「まずやってみる」ことです。
現代の日本の社会人は、アジア諸国の中で最も勉強しないというデータがあります。勉強する文化が根付いていない中で、いきなり「リスキリング」と言われても抵抗を感じるのは当然です。
その背景には、勉強するという動機に繋がらない社会的な構造も影響していると思われます。
1つ目は「学んでも収入や昇進に結びつかない」。2つ目は「副業文化が浸透していない」ということが考えられます。これらは雇用のあり方やはたらき方、そしてはたらき口としてのあり方など、構造上の課題として言われていることです。しかし環境の不満を口にする前に、まずは行動してみること、これが大事です。学びを通じて「できるようになる喜び」を感じる瞬間が、次のステップへの原動力になります。
一方で、企業側の課題は「どのような内容を、何のために学ぶのか」が曖昧な点です。
よくあるのがeラーニングの導入です。単にeラーニングの制度だけを導入しても、目的が共有されなければ単なる福利厚生で終わってしまい、ただ好きな人しか学習しないという結果にしかなりません。
また、「中間管理職研修」「課長研修」といったような、年齢や役職などキャリアイベントごとに受講する従来の決まり切った研修体制では、形だけになってしまい、企業として、本当に社員に見つけてもらいたいスキルとの間にギャップが生じてしまうでしょう。
リスキリングは個人任せではなく、企業の経営方針と連動した戦略的な施策として位置付ける必要があります。

成功する組織と、つまずく組織の違い
━━ 導入企業の成功・失敗事例にはどんな共通点が見られますか?
成功事例としては、トヨタ自動車株式会社の取り組みが印象的です。
同社では早くからデジタル化に取り組んでいましたが、製造現場ではPCに不慣れな人も多くいました。「全員が自然にデジタルを使える状態」を目指してノーコード開発のワークショップを実施しました。
3人1組でチームを組み、実際に業務改善アプリを自分たちで作るというプログラムです。最初は冷ややかな反応もありましたが、やがて「自分もやってみよう」と思う人が増え、その輪が周りへと波及し、そして取り組みが文化として定着していきました。まさに「行動が文化をつくる」好例です。
一方、つまずく企業は、経営の意思決定が不安定なケースが多いです。
リスキリングは一定の時間がかかる上、すぐに結果が出ないこともあります。そのため、企業幹部の方針が変わったり担当者が変わると、取り組み自体が頓挫する可能性が高くなります。
必要なのは「揺るがない軸」を持つこと。施策レベルは柔軟に変えても構いませんが、大きな方向性がブレるとつまずきます。戦略の一貫性こそが連続的なアプローチを可能にして、その一つ一つの結果がつながり、成功へのカギとなります。
学び続ける人とやめてしまう人、その分岐点
━━ 「学びを続けられる人」と「途中でやめてしまう人」その違いはどこにあるのでしょうか?
最も大きな違いは「変化対応力」です。
例えば、3か月間で取り組むという同じ課題に対して、ある人はAIを活用して海外のSNSデータを分析し、マーケティング戦略に応用するアイデアを生み出しました。上司と何度も壁打ちを重ねて業務への実装を目指しました。一方で、別の人はテーマ設定に迷い、上司と相談することもなく途中で手が止まり、最低限の報告を出すだけでした。
与えられた条件が同じでも、「楽しもう」「やってみよう」といった姿勢の差で大きく分かれました。どう向き合うかで結果がまったく変わるのです。
前向きに学びを楽しむ姿勢がある人ほど、変化をチャンスとして捉えられます。AIの進化は今後さらに加速し、5年後・10年後には学び続ける人とそうでない人の差が決定的に広がるでしょう。
学びをはじめるときに意識する「心構え」
━━ これからリスキリングをはじめる個人が、意識すべきポイントはありますか?
まず、あまり身構えないことです。「続けられるか不安」「時間がない」と感じる人も多いですが、完璧を求めると疲れてしまいます。
大事なのは、とにかくはじめてみること。最初はつらくても、続けるうちに「楽しい!」と思える瞬間が必ず訪れます。その“ティッピングポイント”を越えると、学びは自然と習慣になります。
学びを通じて得られるものは、スキルだけではありません。新しい視点や人とのつながり、そして自分の成長実感が、次の挑戦への自信を与えてくれます。
クラウドワーカーが担う、日本の未来
━━ クラウドワーカーやフリーランスへの支援経験から、企業社員との違いをどう見ていますか?
クラウドワーカーの多くは、変化する環境—―例えば新しい企業、案件、人間関係—―の中に自ら身を置くことを選んでいます。この「自ら環境を変える」という行動そのものが、高い適応力があるということを示していて、固定的な組織に属する正社員よりも一歩先をいくアドバンテージだと言えるでしょう。
一方で、大企業の管理職層は「変化するのに労力がかかる」「なかなか変化できない」とよく指摘されます。自分も企業の管理職という身なのでなるべく意識はしていますが。
長年、同じ組織文化や社内ネットワークの中で経験を積んできた分、外の世界に出たときや新しい挑戦に直面したときに、何をすべきか、どこから手をつけるべきか分からず戸惑ってしまうケースも少なくありません。
その点、クラウドワーカーもリスキリングには共通点があります。
どちらも、“環境や変化にキャッチアップしていく”という点では同じことが言えるでしょう。つまり、組織に縛られないはたらき方を選ぶという点で、リスキリングと共通する「変化を受け入れる力」が備わっているのです。
クラウドワーカーの最大の強みは、この「柔軟性」です。
企業に属する社員は安定した環境の中で力を発揮しますが、その分、変化に対して慎重になりがちです。一方、クラウドワーカーは常に環境が変わることを前提にはたらいており、その変化対応力こそがリスキリングにおける最大の武器になります。
企業が組織としての変化対応力(チェンジマネジメント力)を磨くように、個人も変化を前向きに捉えて力を高めていくことが重要です。
両者の視点が噛み合ったとき、リスキリングは本当の意味で社会に根付いていくと思います。
これからの展望:学びを社会へ実装する
━━ 今後のReskilling Camp、そしてご自身の展望を教えてください。
今後は、より多くの方に学びの機会を届けたいです。企業側の変革と個人の成長を直結させる仕組みを社会に実装していきたいと考えています。
単なる教育プログラムではなく、学びが実際の業務成果や組織の変化に直接結びつく仕組みをつくることが目標です。そのためには、企業と個人がそれぞれ主体的に学びを選び取れる文化を広げていくことが不可欠だと思っています。
変化を恐れず、一歩を踏み出す勇気を
━━ 最後に、クラウドワーカーに向けてメッセージをお願いします。
日本の経済や産業がこれからも成長を続けていくためには、クラウドワーカーをはじめとした多様なはたらき手の力が欠かせません。
現在、労働人口は6000万人ほどと言われ、そのうち約半分が正社員です。クラウドワーカーと呼ばれる方々は、数百万人ほどと言われていますが、変化に対応する力を持った人たちが社会の先陣を切っていくことで、新しいはたらき方のモデルが生まれます。
企業に属する正社員といった固定的なはたらき方は変化対応力が乏しい傾向にあるので、その中で、クラウドワーカーの方がスキルも高く評価もされる、「クラウドワーカーというはたらき方の方が良いな」と思えるよう流れができてくると良いなと思います。
だからこそ「まずはやってみる」。
その一歩が、未来を変える力になります。リスキリングは特別なことではなく、自分の可能性を広げるための行動の一つとして、広がっていってほしいと思います。
今回の取材を通じて、リスキリングはもはや一部の先進企業だけの取り組みではなく、社会全体が持つべき新しい文化であると感じました。個人の学びと企業の変革が相互に作用しながら成長していく――その実現をサポートしているのが「Reskilling Camp」であり、柿内さんが目指す社会実装の姿です。
私たちは変化の真っ只中にいる今だからこそ、「まずやってみる」という小さな行動が未来を大きく動かす力になるのではないでしょうか。
