国立大学法人北海道国立大学機構 副理事/教育イノベーションセンター センター長 江頭 進 氏
人口減少が進み、地域間格差やデジタル化の波が一層存在感を増す今、私たちの働き方や学び方は大きな転換期を迎えています。特に北海道では、都市部と地方部の教育環境の差が顕著で、「学びたい人が学べない」状況が深刻な課題となっています。
こうした現状に真正面から向き合い、3つの国立大学が連携してリカレント教育・リスキリングを推進しているのが、北海道国立大学機構が設置する「教育イノベーションセンター」です。その中心で指揮を執るのが江頭進氏。
江頭氏は「人材不足の本質は“数”ではなく、人を活かす力の不足にある」と語ります。地域の課題、企業の実態、学び続ける難しさを熟知した立場から、リスキリングの現在地と未来、そして個人が学び続けるための指針を伺いました。
3大学をつなぐ“学びの中核”——教育イノベーションセンターの役割
━━ 教育イノベーションセンターでは、どのような取り組みをされていますか?
教育イノベーションセンターは、北海道国立大学機構を構成する3大学(小樽商科大学・帯広畜産大学・北見工業大学)に共通する教育を統合的に管理し、運営する役割を担っています。
広大な北海道では大学間の距離が大きく離れているため、遠隔教育の整備は不可欠です。そこで私たちは、オンライン授業が単なる“受け身の学び”にならないよう、学生のモチベーションを維持しながら学べる仕組みづくりに力を注いでいます。
また、3大学が共同で実施する授業やプログラムの調整も重要な業務です。
中でもリカレント教育・リスキリング教育の比重は年々高まっており、従来の「余力で行う社会貢献」ではなく、国立大学としての使命として本格的に取り組む段階に入っています。
3大学の特徴を活かして、それぞれが協力して社会のニーズに応える教育を企画・運営している点が、センターの大きな特徴です。
━━ 3大学が連携した教育プログラムは、いつ頃から始まったのですか?
実は、現在のような統合体制になる以前から、各大学はそれぞれにリカレント教育や社会人向け講座を展開していました。
小樽商科大学ではニセコ周辺でのビジネススクールや企業研修、帯広畜産大学では農業経営者向けの研修、北見工業大学では技術者向け講習など、それぞれの強みを生かした取り組みが行われていたのです。
当初は、そうした既存のプログラムを3大学で「持ち寄る」かたちで連携をスタートさせましたが、議論を重ねる中で、「協働すれば、より総合的なリカレント教育を提供できるのではないか」という問題意識が共有されるようになりました。その後、文部科学省の補助事業なども後押しとなり、企画段階から教員が合同で関わる共同プログラムへと発展していきます。
現在では、民間企業との共同事業も含め、3大学が計画立案から運営、教育実施までを一体で担う体制が整いつつあり、連携教育は単発の企画にとどまらない継続的な仕組みへと育ってきていると言えるでしょう。
━━ どのような問題意識を持って活動されていますか?
私は長く北海道地域の研究に携わってきましたが、その中で最も深刻だと感じるのが「人材力の格差」です。
人口減少や財政力の低下が進む中、地域間で教育環境に大きな差が生まれ、大学進学率だけでなく、社会人の学び直しにアクセスできる機会にも大きな偏りが見られます。リカレント教育に触れるロールモデルが周囲にいない、必要な情報すら届かない——そうした状況が地方では今も続いています。
さらに、地方創生のために多額の予算が投入されても、それを活かし地域の価値を循環させる人材が圧倒的に不足していることも問題です。資金も資源もあるのに活かせない。根本の要因は「人」にあると痛感しました。
だからこそ大学として、地域が必要とする人材を育成し、街づくりに貢献することが使命だと考えています。3大学の統合によって教育イノベーションセンターが発足した際、この“地方の人材育成”を重要な柱に位置づけたのも、こうした背景があるからです。
北海道から広がるリカレント教育・リスキリングの取り組み
━━ リカレント教育や社会人教育では、具体的にどのようなことが学べるのでしょうか?
北海道国立大学機構のリカレント教育は、大きく2つの系統に分かれています。
ひとつは、各大学が従来から実施してきた社会人向け教育を継続し、発展させる取り組みです。例えば小樽商科大学では、介護事業者を中心に医療・福祉分野の経営人材を育成するプログラムを提供しており、事業所運営のマネジメントや人材管理といったテーマを体系的に学べる構成になっています。
帯広畜産大学では、食品衛生管理者の資格取得に対応したHACCP教育を実施し、衛生・栄養学から現場マネジメントまで幅広く扱います。北見工業大学では、技術者向けの免許更新講習など、地域産業を支える高度技術教育を展開しています。
これらに加えて、北海道全体のリカレント教育の実態調査や仕組みづくりを進める「リカレント教育エコシステム構築事業」も行っています。単発の講座提供にとどまらず、長期的に学び続けられる環境を整備することを目指し、調査・企画から実行まで一体で進めている点が特徴です。
━━ 「エグゼクティブMBAコース」ではどのような学びを提供しているのでしょうか?
エグゼクティブMBA(EMBA)コースは、北海道の経営者を対象に、リーダーとして必要な視座や判断力を養うためのプログラムとして設計しています。
3ヵ月間、毎週土曜日に集中して学ぶ構成で、今年も6月末から10月初頭にかけて実施しました。講師は小樽商科大学を中心に、北見工業大学の教員も参加し、多様な視点から経営を捉える教育を行っています。
一般的なMBAが会計・マーケティング・組織論といったビジネススキル中心であるのに対し、このコースでは「経営者の人間性」を重視しています。
高齢者福祉、ジェンダー、宗教、生命倫理、法律、芸術といった領域を含め、社会課題を深く理解するための学びを組み込んでいる点が大きな特色です。
さらに、オンライン講義と対面型のフィールドワークを組み合わせ、児童養護施設、札幌刑務所、帯広の食肉加工現場など、多様な現場を訪問します。
成功した起業家が、自らとは異なる境遇の人々と向き合い、社会における自分の役割を再考する機会をつくることを目的としています。
参加者からは「視野が大きく広がった」と高い評価を得ているプログラムです。
━━ 北海道の企業におけるリスキリングの現状と課題はどのようなものですか?
調査の結果、北海道の企業ではリスキリングの必要性が徐々に認識され始め、多くの企業が何らかの形で取り組み始めている状況が見えてきました。
しかし、道内企業の約87%を占める中小企業では、担当者が1人しかいないケースが大半で、限られた情報をもとに講師や教材を探し、独力で研修を組み立てている実態があります。
そのため、防御的な教育──コンプライアンスやセキュリティといった最低限の領域に偏りがちで、DXやデータサイエンスなど攻めの領域に手が回らない企業がほとんどです。
また、担当者は社内で相談相手がいないことも多く、孤立しながらリスキリング業務を進めることになりがちです。結果として教育の幅が広がらず、企業全体の成長につながる学びにまで展開できないという課題が浮かび上がりました。
北海道におけるリスキリングが前進するためには、担当者の育成と情報共有の仕組みづくりが不可欠だと強く感じています。
━━ リスキリング担当者をつなぐ「リスキリング研究会」とは、どのような活動ですか?
こうした課題を踏まえ、企業のリスキリング担当者同士が情報交換し、互いに学び合える場として立ち上げたのが「リスキリング研究会」です。
各企業では担当者が1人で奮闘しているケースが多いため、まずは横のつながりをつくり、成功事例や悩みを共有できる環境を整えることを目的としています。
大学や企業からも講師を招き、最新の知見や実践例を紹介してもらうほか、グループディスカッションを通じて自社の課題解決につながるヒントを得られるようにしています。
初回の開催には13社・230名が参加し、講師陣を含めれば300名規模の大きな会となりました。今後はより広く企業・自治体・大学が連携する組織を整備し、北海道全域で継続的にリスキリングの機会を提供できる体制を構築する予定です。
179市町村のどこにいても同じ学びにアクセスできる環境をつくることが、私たちの目指す大きな目標です。

学び続ける人と途中で挫折する人——その違いとは
━━ 学び続けられる人と、途中でやめてしまう人の違いは何でしょうか?
学び続けられるかどうかは、個々の資質よりも「期間の区切りを持てるかどうか」が大きく影響していると感じています。
学生の場合は、小・中・高・大学と明確な期間が設定され、途中に試験や進路といった節目があるため、目標に向けて努力しやすい構造があります。しかし社会人の学びは、よほど意識しない限り終わりが見えません。
リスキリングは一生続く可能性があり、期間設定を怠ると「いつまで頑張ればいいのか」が分からず、挫折しやすくなります。
また、学び直しの先に「どう変わりたいか」を具体的にイメージできる人は、多少の障害があっても学びを継続しやすい傾向があります。逆に、目的や将来像が曖昧なまま学び始めた場合、途中で優先順位が仕事や生活に奪われ、モチベーションが維持しにくくなるのです。結局のところ、未来の自分をどれだけ明確に描けるかが、継続の鍵だと考えています。
━━ 社会人が学びを継続するためには、どのような工夫が必要でしょうか?
社会人の学びを継続するためには、まず「期間」と「成果の見え方」を意図的に設計することが大切です。
漠然と“大きな資格を取る”“専門性を身につける”と構えるのではなく、3ヵ月・半年といった短い区切りの中で達成できる目標を設定し、小さく積み上げていくことが継続の助けになります。
私たちがプログラムを設計する際も、短期間で「できるようになったこと」を可視化し、修了証などで認証できる仕組みを用意するよう心がけています。
大きな成果だけをゴールに据えると、途中で中断した際にすべてが無駄に感じられ、再開への意欲も失われてしまいます。小さな達成を重ねることが、継続のエネルギーになります。
また、社会人は仕事や家庭の事情で予定が崩れやすいため、自分のペースで学び直しが再開できるよう、柔軟な計画を持つことも重要です。
こうした「分割された目標」と「段階的な認証」が、忙しい社会人が持続的に学び続けるための大きな支えになると考えています。
リスキリングの壁——学びを阻む要因とその乗り越え方
━━ リスキリングやリカレント教育を進める中で、どのような課題や障害がありますか?
社会人が学び直しを続けるうえで最も大きいのは、学習中に自身の環境が変化してしまうことです。業務の繁忙や配置転換、転勤、さらには家庭のライフイベントなど、学習時間を確保できなくなる要因は複数あります。
また、特にIT・DX領域では技術革新の速度が非常に速く、学び終える頃には知識が陳腐化しているケースも少なくありません。さらに、長期間学びから離れてしまうと、再び追いつくのが極めて難しくなるという課題もあります。
こうした背景を踏まえると、1〜2年といった短い期間で成果が見える学びを積み重ね、常にアップデートを続ける姿勢が不可欠です。
計画通りに進められない場面もありますが、引退するまで学び続ける覚悟が、現代のリスキリングには求められていると感じています。
年齢や環境を超えて学べる社会へ——多様な学び手の支援
━━ どのような年代の方が学ばれているのでしょうか?
講座の特性に応じて実に幅広い年代の方が参加しています。
エグゼクティブコースは30代から50代前後の比較的若い層が中心で、次世代リーダーとしての視座を高めたい方が多い印象です。一方、HACCP講座のような資格系プログラムでは、20代の若手から定年前後のベテランまで年齢層が大きく広がります。
知識のアップデートや再就職に向けた準備など、目的もさまざまです。
年齢や職業を問わず、多様な背景を持つ方が学びに戻ってくることは、リカレント教育が担う役割の大きさを改めて感じる場面でもあります。
━━ 女性のリスキリング支援が重要になる背景について教えてください。
現在、私たちが特に重視しているテーマが「女性のリスキリング支援」です。
北海道では女性人口が男性を上回る地域も多く、労働力不足が深刻化する中で、潜在的な人材を活かすことが不可欠になっています。
出産や介護などライフイベントを機に仕事を離れた方も多いですが、元々高い能力を持ちながら復帰のきっかけを掴めずにいるケースが少なくありません。
リスキリングによって知識をアップデートし、新たな働き方に適応できれば、地域全体の人材力の底上げにつながります。教育現場でも教員不足が顕著であり、看護や福祉などエッセンシャルワークでも同様の課題が見られるため、女性の再就業支援は極めて重要なテーマだと実感しています。
個人が学びを続けるための指針とキャリア戦略
━━ 個人がリスキリングを始める際、どのような心構えやポイントが大切でしょうか?
学び直しは誰にとっても“最初の一歩”が最もハードルになります。
しかし、いざ始めてみると、大学・民間問わずプログラムの質は年々向上しており、体系的に学べる環境が整っています。
重要なのは、「いつまでに、何を身につけたいのか」という目標を明確に持つことです。
1年後の働き方やキャリアを具体的にイメージできれば、学びは大きく継続しやすくなります。成果はすぐに見えなくとも、時間をかけて積み上げていく姿勢が何より大切です。
━━ クラウドワーカー特有の課題や特徴はありますか?
クラウドワーカーは、個人の技術やスキルを武器に働く方が多い一方で、営業力やコミュニケーション力には個人差があります。
高度な技術を持ちながら対面でのやり取りが苦手な方もいれば、ライターのようにネットワーク構築に長けた方もいるなど、スタイルが多様です。
共通して言えるのは、企業のように教育体制やサポート環境が整っていないため、自ら学び続ける意識がより強く求められる点です。
━━ 個人で働く人こそ持っておくべき「経営の視点」とは何でしょうか?
個人で働く場合こそ、「経営者としての視点」を持つことが重要だと感じています。
収入と支出の管理、どの学びが将来の成果につながるのかといった投資判断は、事業運営と同様の考え方が必要です。
効率化だけを追うのではなく、自分の得意分野やライフプランを踏まえて長期的な目標を設定することが欠かせません。目標とコストを意識しながら学ぶことで、キャリアの方向性を見失わず、持続可能な働き方につながると考えています。
2030年、高等教育アクセス「ゼロ格差」を目指して──北海道発プラットフォーム構想
━━ 今後の展望や、実現したい目標があれば教えてください。
北海道国立大学機構として掲げている大きな目標は、「2030年までに高等教育へアクセスできない人をゼロにする」ことです。
大学での専門教育に限らず、大学が関与する多様な人材育成プログラムを、道内どこに住む人でも、意欲さえあれば受けられる体制を整えたいと考えています。
その実現には大学だけでなく、企業や自治体との連携が不可欠であり、179市町村へ学びの仕組みを広く届けることが重要です。
地方部におけるリカレント教育環境の改善を進め、将来的には北海道を日本の人材育成の中心地とすることを目指しています。
困難も多い取り組みですが、多くの協力者に支えられながら進めていきたいと考えています。

学びを共有し、教える側へ
━━ 最後に、クラウドワーカーへメッセージをお願いします。
クラウドワーカーとして働く皆さんは、日々の実務を通じて多様な知識や経験を培ってこられたはずです。私は、そうした蓄積こそが次の学び手を支える「教える力」につながると考えています。
自身の経験を発信し、互いに共有し合うことで、新しい学びの循環が生まれ、教える過程で自らの理解も一層深まります。オンライン環境が整った今、一歩踏み出すハードルは以前よりはるかに低くなりました。
皆さんが持つ力を社会に還元し、学びの担い手として活躍されることを期待しています。私たちも、そのためのプラットフォームづくりを全力で進めてまいります。
まとめ
リスキリングやリカレント教育が注目される今、重要なのは「学びが特別な人だけのもの」ではなく、社会全体に開かれた営みであるという視点です。江頭氏が語った取り組みには、年代・地域・立場を越えて学び続けられる環境を北海道から創り出そうとする強い意志がありました。
学び続けることは、キャリアの安定だけでなく、自分の世界を拡張し、他者の未来にも貢献できる行為です。技術の進化が速く、働き方も多様化する時代だからこそ、学びは「一度きり」ではなく、人生を支える基盤になっていくでしょう。
